「理解者」はそばに KIN79
KIN79 青い嵐/青い嵐/音1
昨夜、その印象的なタイトルの小説を一気読み。多分に漏れることなく・・・いわゆる「涙腺崩壊」を久しぶりに味わいました。そして、いつもに増して寝不足の朝。
でも、朝が迎えられている。・・・・これは完全なるこの小説の影響での言葉。でも、こんな風にでもしないと、「当たり前」の意識はこの希有な「今」をつい見過ごさせてしまう。
高校生の恋愛話は 今のわたしへの強めの「カンフル剤」となりました。
まだ若く、その感受性の処理の仕方も違う二人の主人公は、例え「浮舟」のように、周囲の流れに沿って生きていた今であっても、それが自らが選んで「来た」今で在る事に気づきます。
わたしも「白い世界の橋渡し」の流れる最後の日に、その想いを自分の中に取り込めた偶然事に、今在る足元の納めどころをシャンと確認確信させてもらった想いです。
今在る「縁」は、わたしが選び取り、守ってきたかけがえのない「縁」。そして、ここが・・・・・学び・・・・・の場所であり、そして いつかは超えなければいけない・・・。と言うことにも。
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*今日のエネルギー*
今日から、根底に流れるウェイブスペルは「青い嵐」へと変わります。
人を巻き込む変容の強いエネルギー。その分自らの想いに忠実でイキオイのある「青い嵐」。とはいえ その想いは外に向いてばかりではなく「内側」にも向けられます。家族想い、仲間想いの熱い感情と行動は、受け取る側にもその「種火」を受け渡します。「音1」のキーワードは受容。その言葉通り、まっすぐにそのまますべてを受け入れつつ、進む様子はまさに嵐。気づけばこんなところまで来ていた・・・。そんなことも多いKIN。「後先が考えられない」「今がすべて」の溢れる力を最大限に、活かせることが最大の魅力。その為にも周囲を信じ周囲の事は任せられる「受容」の想いをお忘れなく。
「青い嵐」が「青い嵐」らしく生きるのに不可欠と言われるのが「理解者の存在」。
「青い嵐」でなくても、人は何かを基準にして自分を測ることで保ち、変化、成長していくもの。小説にもそんな記述がありました。主人公の二人はその「基準」は真逆でしたけど。
だから出逢え、共に「浮舟」のように寄り添って過ごします。
小説の終盤、男子が「約束」のもと 長く封印しなければいけなかったその「想い」に気づき、「解放」するシーンがあります。そこで、自分の今までが、すべてこの時間を迎え、そしてその事を超える「今」のためだけにあったのだと深く深く感じ、認識し・・・・もう、何も共有できないことに嗚咽します。
「理解者」は、きっとそばに。今のあなたのそばに・・。
ただ難しいのは、厳しい指摘や、呆れ顔や、反抗や、叱咤に騙されないこと。「理解者」がいつも笑っているとは限りません。ただ、その苦虫をつぶしたような仮面の奥には、素直なあなたを待つ満面の笑顔がきっとあります。これもまた、まず「受容=うけいれる」日に。
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