Pray for
911 アメリカ同時多発テロから早15年が経ちました。
あの日たまたま眠れずにつけた夜中のテレビで 航空機が衝突したシーンや、炎上した世界貿易センタービルの崩れゆく様子を 涙が溢れ出るのを止められぬまま、何度も見た衝撃を 思い出します。
悔しさも 歯がゆさも、悲しみも、鎮魂の想いも 一度生まれると いつまでも 人のこころを苦しめます。なぜ?どうして?もしあの時…解決できないとわかっていながらも、その場所から離れることはなかなかできません。今日も多くの人が、そんな想いを 再燃させ、昇華することの無い負の記憶に 途方に暮れてしまうのでしょう
昨日、秋晴れのさぬき路の 二社四ヵ寺を参ってきました。神仏共に参る中 手を合わせ祈る事で 伝えるのは いつもお参りさせていただける感謝と、平穏平和で、愛と尊敬を大切にした世界の切望です。
ずっと お参りする作法も知りませんでしたし、神頼みという好ましく無い感覚で、それを見ていましたから、神社仏閣を実は何年も敬遠気味でした。
それが、「縁」もしくは「用意されていた学び」としてわたしの元にやって来て 足掛け3年目。ひとまず今は、こころ落ち着く場所になりました。まだまだ、学ぶべきは多いのは歴然で、少しづつこの身に沁みいればなぁと 想うばかりです。
手を合わせ祈るのは、神なり創造性(この世を作り見守るモノ)との、交信。祈りで伝えた事は 喜怒哀楽どの感情を伴い生まれたものであっても、手放し委ねる。その事に 想いが至れば 顔を上げ進めることを知り 人は笑顔を取り戻すのでしょう
KIN6 白い世界の橋渡し 赤い龍 音6
ー 独りよがりを捨てた 慈悲の行動が 繋がる日ー
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